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【ランニング8周年】1kmで息切れした男がサブエガを達成するまで。40代でも走力は伸ばせるのか

振り返り

※こちらの記事は2026年9月にアップした記事を都度、編集・追記しています。

こんにちは!アラフォーランナー葱坊主です!

2026年9月9日。

この日で、私が本格的にランニングを始めて丸8年が経過しました。

この日からランニング9年目に突入。

2018年9月9日の自分に「8年後にはランニングが生活の一部になっていて、フルマラソンをサブエガ(2時間50分切り)で走りきる走力を手に入れている。だから少しずつでもいいから継続してみるといいぞ」と伝えても、おそらく信じないでしょう。

なぜなら当時の私は、

1km走っただけで息切れする市民ランナーだったからです。

それが8年後。

フルマラソンではサブ3を達成し、さらに2026年2月の別府大分毎日マラソンで2時間49分36秒、サブエガを達成。

100km以上のウルトラマラソンにも挑戦し、トレイルでは2,000mを超える累積標高のコースも走るようになりました。

そして2024年からは、このブログを通じて自分のランニング経験を発信しています。

振り返れば、8年間は決して順風満帆ではありませんでした。

怪我もした。

レースで大失敗もした。

脚も何度も攣った。

練習をやりすぎて故障したこともある。

それでも、今日までコツコツと走り続けてきました。

今回はそんな私の「ランニング8年間」を、成功だけではなく失敗も含めて振り返ってみたいと思います!

そして最後に、「ランニング9年目」についても一緒に考えてみます!


▼目次
①2018年9月9日。1kmで息切れしていた
②8年間で走った距離は14,141km
③初めてのフルマラソンでサブ4
④初フルの1か月後、黒部名水で両脚が攣った
⑤8年間、失敗したことは数え切れない
⑥つくばでサブ3に届かなかった
⑦つくばの悪夢から2か月後、勝田でサブ3
⑧東京マラソンで2時間54分47秒
⑨2026年2月、別大でサブエガ
⑩速くなることだけがランニングではなかった
⑪ランニングをきっかけに、ブログまで始めた
⑫8年間走り続けられた最大の理由
⑬ランニングが人生にもたらしたもの
⑭40代になっても、まだ速くなれるのか?
⑮1kmから始めたランニングは、どこまで続くのか
⑯ランニング9年目へ
⑰まとめ|1kmから始まったランニング人生は、9年目へ

①2018年9月9日。1km走っただけで息切れしていた

NIKE RUN CLUBアプリにレコーディングした初ランニングログ

私が本格的にランニングを始めたのは、2018年9月9日。

最初からマラソンを目指していたわけではありません。

友人と登山に行って、あまりにも自分の体力が10代・20代の時と比べて無くなっていることに愕然とし、体力づくりの一環として始めたのがきっかけです。

このあたりは他の市民ランナーさんと同じ動機でしょう。

もちろん、当時の自分に「サブ3」や「サブエガ」なんて言葉はありませんでした。

ハーフマラソンはもちろんのこと、フルマラソン完走なんて夢のまた夢でした。

そもそも、1km走るだけでゼーゼーハァハァと息が切れるほどの走力でしたからね!

今考えると、よくここから始めたなーと思います。

でも、不思議なことにランニングは今日まで嫌にならなかったのです。

特にどこかに行ってお金を払うわけではなく、自宅の周辺を走るだけで良い手軽さと身軽さ、そして一人で気軽にできるのも自分の性格に合っていたのでしょう。

「今日はもう少し走ってみよう」

「昨日よりちょっとだけ長く走ってみよう」

「新しいランニングコースを開拓してみよう」

「ランニング後の食事やビール(※現在は酒を辞めています)がなんて美味いんだ」

「ランニング、その後のシャワーやお風呂で汗を流すと、ストレスまで一緒に流れていくような感覚がある」

そんな小さな積み重ねが始まりでした。

そして、いつの間にか走行距離と頻度は増え始め、やがて10km、15kmになり、ハーフマラソン、そしてフルマラソンを走るようになりました。

振り返ってみると、私のランニング人生で一番大切だったのは、最初から速かったことでも、特別な才能があったことでもありません。

走ることを嫌いにならなかったこと。

これが一番大きかったと思いますね!


②8年間で走った距離は14,141km

8年間を振り返る上で、まず数字で見てみます。

私の年間走行距離は、こんなふうに増えてきました。

走行距離月平均
2018年216.2km18.0km/月
2019年548.1km45.7km/月
2020年855.1km71.3km/月
2021年1,194km99.5km/月
2022年1,584km132.0km/月
2023年2,145km178.8km/月
2024年2,762km230.2km/月
2025年2,690km224.2km/月
2026年※2,147km238.6km/月
※2026年は本記事更新時点。

合計すると2026年9月時点で、

14,141.4km

でした。

単純に年間平均を出すと約1,571km。

月間平均にすると約131kmですが、2018年と2026年は通年ではないため、これはあくまで参考値です。

それでも14,000kmを超える距離を、自分の脚で地道に走ってきたことになります。

地球一周は約40,000km。

つまり地球の約0.35周。

ちなみに、東京から南アフリカのケープタウンまでの直線距離が約14,700kmなので、

8年間で走った距離は、東京からケープタウンまで届くくらいに匹敵します。

そう考えると、ちょっと感慨深いものがありますよね!

最初の1kmのランニングではあんなに息切れしていたにも関わらずですからね。


③初めてのフルマラソンでサブ4

2026年4月に二度目のかすみがうらマラソンに出場。

ランニングを始めて4年目。

2022年4月、フルマラソンデビューとなる「かすみがうらマラソン」に出場しました。

それまで30km以上は未知の距離。

当然、42.195kmを走り切れるのかどうかも分かりません。

元来の心配性の性格からとにかく周りのランナーに流されず30kmまで慎重にペースを温存、30km以降の不安と初めてのフルマラソンの世界にやや興奮しながら、「まずは無事に完走」を目標に走っていました。

ところが、レース中盤以降になっていても意外にも脚が残っている。

30kmを過ぎてもまだまだ走れる。

そして、35km地点あたりからペースを上げて、周りのランナーをどんどん追い越していく。

あの感覚は今でも覚えています。

「まだ走れるぞ」

「もっと行けるぞ」

気持ちとスピードがどんどん上がっていき、いわゆるランナーズハイのような感覚を初めて経験しました。

ゴール直前に脚攣りの前兆はありましたが、結果は、

3時間48分22秒(ネット)

初フルマラソンでサブ4。

まさか自分がフルマラソンを4時間以内で走れるとは思っていなかったので、本当に嬉しかったですね!

ただし、この成功体験が、次のレースで大きな失敗を招くことになります。

【初マラソンでサブ4達成】アラフォーランナーが実践した5つの秘訣-前編-
初フルマラソンでサブ4を達成したアラフォーランナーの実体験をもとに、成功の秘訣を5つのポイントで解説。トレーニング方法や装備の工夫、レース戦略など、これからマラソンやサブ4に挑戦する方必見の内容です。

④初フルの1か月後、黒部名水で両脚が攣った

黒部名水マラソンは暑さでも有名な人気マラソンのひとつ

2022年5月。

2回目のフルマラソンとなる富山県で開催された黒部名水マラソンへ出場。

この日は5月末にも関わらず、30℃を超えるような暑さと高い湿度で相当な発汗になるなと覚悟していました。

その一方で、初フルでサブ4を達成した勢いもあり、自分の走力を少し過信していたと思います。

そして、レース終盤。

両脚が完全に攣りました。

ゴールまであと2kmほどの39km地点。

脚がガチガチに固まり、自分の意思ではまともに動かせず、沿道に座り込んでストレッチ。

少し走る。

また攣る。

この繰り返しで何とかエイドまで辿り着き、水分を補給し、ようやく動けるようになってゴール。

結果は、

4時間12分49秒(ネット)

自己ベストを20分以上更新した初フルから、一転して歴代ワースト級の大撃沈。

でも、このレースがその後のランニング人生に与えた影響は大きかったと思います。

「フルマラソンは勢いだけでは走り切れない」

ペース配分。

走り込み。

暑熱順化。

水分&電解質補給。

筋持久力。

そして疲労管理。

後にサブ3やサブエガを目指すようになってからも、ここで学んだことが何度も出てきましたね!


⑤8年間、失敗したことは数え切れない

2025年4月の富士五湖ウルトラマラソン120km完走後にパンパンに膨れ上がった前脛骨筋

ここまで来ると「順調に速くなってきた」と思われるかもしれません。

でも、実際にはそんなことはありません。

むしろ失敗だらけです。

同じコース、同じペース、同じシューズで走り続けた

最初に購入したアシックスGT2000。この1足だけで走り続けたツケが後ほどやってくる

ランニングを始めた頃は、練習のバリエーションなんてほとんど分かりません。

同じコースを、似たようなペースで、同じシューズで走る。

その結果、シンスプリントや腸脛靭帯炎などに悩まされました。

「走れば走るほど強くなる」

ランニングはそんな単純なものではありません。

無知ゆえに、多くの市民ランナーが一度は経験するであろう失敗を、私も一通り経験しました。

実はシンスプリントで初大会となったであろう都内で開催されたハーフマラソン大会をDNSしています。

その経験があるからこそ、今は定期的に整体に通ったり、毎日の入浴と入浴後のマッサージガンによるリカバリーもトレーニング以上に重視しています。

ランナーにとって、走ることができないのが最も精神的にも辛いですからね!


ペース配分を間違えた

サブエガ初挑戦となった2025年11月の大田原マラソンでは序盤からサブエガペースで突っ込み、30km手前早々で撃沈

マラソンでは、

「速く走ること」と「最後まで速く走ること」は全く違う。

これを何度もレースで思い知らされました。

序盤に気持ちよく走りすぎる。

周りのランナーに付いていってしまう。

30km以降に一気に苦しくなる。

特にサブ3を目指していた頃は、4:15/kmというペースを身体に覚え込ませる一方で、そのペースを42.195km維持する筋持久力がまだまだ足りませんでした。

最後の最後で脚攣りが起きて、撃沈ということを何度も繰り返してきました。

【サブエガ挑戦記】大田原マラソン2025、3大会連続サブ3達成!
2025-26シーズン初戦、そして2025年ラストレースとなる大田原マラソンへ初チャレンジ。記録重視の大会とあって全国から集まった猛者とのハイレベルなレースに挑んだその結果は如何に!?

補給もレースの一部と考える

試行錯誤の上、2026年9月時点の最適解になりつつ補給セット

先述した黒部名水マラソンでの大撃沈を経験し、補給と水分の重要性を身をもって学びました。

その後はレースごとに、

「いつ、何を、どれくらい摂るか」

を常に考えるようになりました。

現在もその最適解を模索中ではありますが、成功体験をもとに自分にあった補給戦略の型は出来上がってきているようにも思えます。

今でも補給戦略は大事なレース戦略の一部です。


脚攣りとの戦い

ハムストリングス、ふくらはぎの脚攣り対策は今も模索中

私のランニング人生を語る上で、脚攣りは避けて通れません。

黒部名水。

長野。

つくば。

大田原。

特にサブ3挑戦期は、とにかく何度も苦しめられました。

私は大の汗っかきで、発汗量が多いタイプです。早めの水分・電解質補給を意識するようになったことに加え、フルマラソンを設定ペースで走り切る筋持久力も、当時はまだ不足していたと思います。

だからこそ、現在は「攣ってから対処する」のではなく、

攣らないために事前に準備する

という考え方に変わりました。

もちろん攣ってからリカバリーできたレースもありましたが、相当なタイムロスに繋がります。

サブエガを本気で狙った別大2026では、レース前から水分・電解質・補給をかなり計画的に管理。

8km、16km、24km、32kmという補給計画を組み、攣る前兆が少しでも感じれば経口補水ゼリーで電解質を補給、給水も意識的に取りました。

結果的に最後まで大きな脚攣りを起こすことなく、サブエガを達成できました。

過去の失敗の数々が、8年後の成功に繋がった瞬間だったと思います!

【サブエガ挑戦記】初の別大でサブエガ達成|7年間の積み上げが実った一日
初の別大でサブエガ達成。準備段階からレース当日の判断、後半の粘りまで、14,000字で振り返る渾身のレースレポ。サブ3〜サブエガを狙うランナー必読。

オーバートレーニングで身体を壊したこともある

リカバリーもトレーニングの一環。マッサージガンなどによるほぐしは欠かせないルーティン

もっと走力を上げたい。

もっと速く走りたい。

もっとタイムを更新したい。

その気持ちは今でもあります。

でも、それが行き過ぎることもありました。

大阪マラソン2024後。

そして富士五湖ウルトラマラソン120km後。

トレーニングやレースの負荷が積み重なり、前脛骨筋膜炎に悩まされました。

「もっと走ればもっと強くなる」

という考え方が、必ずしも正しくないことを身体で学びました。

特に40代になってからは、当然疲労回復にも時間がかかるので、

トレーニングすることと同じくらい、回復することも重要。

これは8年間で得た大きな教訓のひとつですね!

【故障からの復帰】前脛骨筋膜炎で1か月休養してわかった“価値ある変化”とは
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⑥つくばでサブ3に届かなかった

そして2024年11月。

ランニングを始めてから6年目、本格的にサブ3を狙った2024-25シーズン。

タイム更新が狙いやすく、フラットなコースで定評のあるつくばマラソン。

30km地点までは順調でした。

サブ3ペースにも付いていける。

走力は明らかに上がっている。

「もしかしたら今日、サブ3いけるかもしれない」

そう思いました。

しかし、またもや終盤。

強烈な脚攣りが両脚に襲い掛かります。

あの黒部名水マラソンの悪夢が蘇ります。

筑波大学の構内で悶絶し、後続ランナーにどんどん抜かれていった光景は今でもはっきり覚えています。

結果は、

3時間01分54秒(ネット)

サブ3まで、グロスであと2分34秒

手が届いたと思った瞬間に、脚が終わって届かなかった。

この8年間の中で最も悔しかった瞬間のひとつ。

ゴール後、サブ3を泣きながら喜んでいる市民ランナーたちを横目に、自分はサングラスの下で涙が止まらなかった。

でも、今振り返ると、この失敗は通るべき道で自分には必要だったんですよね。

なぜなら、

「サブ3に必要なもの」=「自分に足りないもの」がはっきり見えたからです。

筋持久力。

スピード持久力。

ペース配分。

疲労管理。

そして脚攣り対策。

課題が明確になったことで、次のレースまで何をすればいいのかが分かりました。

【サブ3挑戦記】PB更新!つくばマラソン2024レースレポ
つくばマラソン2024をサブ3狙いで挑戦!レース前日の準備からレース当日の戦略、足攣りとの闘い、PB更新までを詳細にレポート。

⑦つくばの悪夢から2か月後、勝田でサブ3

サブ3チャレンジリベンジレースとなった勝田。サブ3に待ち受けたのは強風との戦いだった

つくばから2か月。

年が明けて2025年1月、勝田全国マラソンに再びサブ3をかけて臨みました。

この2か月は、GPSウォッチに表示される4:15/km=サブ3ペースを見なくても、ある程度感覚で分かるように身体に覚え込ませました。

夏から走り込み、毎週末のセット練習も積み重ねる。

そして本番前には、これまでのトレーニングやレースで蓄積した疲労をしっかり抜く。

つくばで失敗したからこそ、

「身体はもう仕上がっている。あとは休もう」

と割り切ることができました。

「疲労が抜けきって、走りたくて走りたくてウズウズしている」

このぐらいが自分にとって丁度良かったのかもしれません。

そして、アップダウンの連続と勝田の風と言われる猛烈な強風にも打ち勝ち、

2時間57分59秒でゴール。

ついにサブ3達成。

2018年には1kmで息切れしていた自分が、フルマラソンを3時間以内で走った。

これは8年間の中でも、間違いなく大きなターニングポイントでした。

「自分もやればできる、まだまだ捨てたもんじゃない」と。

【サブ3挑戦記|勝田2025編】憧れから現実に。念願の初サブ3達成!
市民ランナーにとってサブ3は遠い夢じゃない。失敗と向き合い、地道に走り続けた結果、勝田マラソン2025で初のサブ3達成!そのレースの模様をまとめています!

⑧東京マラソンで2時間54分47秒

高倍率の中、幸運にも走ることができた東京マラソン2025

さらに2025年3月。

ランナーの憧れともいうべき、誰もが一度は走ってみたい夢の大舞台、東京マラソン2025。

ワールドメジャー7レースのひとつとあって、過去最大規模のランナーと東京のど真ん中を走る経験は本当に素晴らしいものでした。

終盤にはやや苦しんだものの、苦しさよりも走る喜びと楽しさが圧倒的に勝っていた夢のような3時間。

結果は、

2時間54分47秒。

2大会連続サブ3。

そして自己ベスト更新。

この頃から、

「もしかしたら、まだ速くなれるかもしれない」

と確信するようになりました。

サブ3は一つの通過点で、その先にある「新しい目標」が見えた瞬間でもありました。

東京マラソン2025は、新しい景色の入口だったのです。

【挑戦することに価値がある】アラフォーランナーサブ3達成までの365日
【継続する力の証明】走り続けることでしか見えない景色がある──アラフォーランナー、365日の挑戦と達成ストーリー。

⑨そして2026年2月、別大でサブエガ

東京マラソンに引き続き、こちらも憧れの大会と言われる別大でサブエガにチャレンジ

東京マラソン2025以降は「新しい目標」となったサブエガを目指して、約1年をかけてコツコツとトレーニングを重ねてきました。

2026年2月。

別府大分毎日マラソン。

サブ3.5以上のランナーのみが走ることができる伝統と格式のあるマラソン大会です。

ここは、自分の中では一つの集大成でした。

トレーニング。

ロング走。

スピード練習。

補給。

睡眠。

疲労管理。

レース戦略。

禁酒。

それまで8年間で積み重ねてきた経験を、できるだけ理想的な形で本番に持っていきました。

東京マラソン同様、最後の最後まで苦しみましたが、別大も走っていてとにかく気持ち良かった。

全てのピースがうまく当てはまったその結果は、

2時間49分36秒

初めてのサブエガ。

2時間50分切り。

2018年の自分からすると、まったく想像していなかった場所まで来ることができました。

「継続は力なり」という言葉は、少しありきたりに聞こえるかもしれません。

でも、自分自身の8年間を振り返ると、

やっぱり継続は大きな力だった。

そう思います!


⑩ただ、速くなることだけがランニングではなかった

ランニング人生でトップクラスの筋肉痛となった富士五湖ウルトラマラソン120km

サブ3を達成した。

サブエガも達成した。

では、もうランニングは終わりなのか。

もちろん、そんなことはありません。

むしろ、そこからランニングの世界がさらに広がったのです!


100kmを走ってみた

2025年には初となるウルトラマラソン、チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン120kmにも挑戦しました。

無謀にも100kmではなく、最長コースの120kmにエントリー。

フルマラソンとは全く違う世界。

「42.195kmを速く走る」こととは別の能力が求められます。

終盤は尋常じゃない筋肉痛との戦いでしたが、ゴールした瞬間の達成感はフルマラソン以上のものでした。

ゴール後、完走した他のランナーと笑って、泣きながら食べた豚汁の味は最高でしたね!

そして2026年には初開催となる奈良100kmにも挑戦。

日本屈指のアップダウンの多いウルトラマラソンと前評判でしたが、無事に完走。

これでもか!と登らせる坂道の連続、みんなでヒーヒー言いながら駆け上がった金峯山寺500段の階段、今はどれもいい思い出です!

100km以上を走ると、

「人間ってこんなに走れるんだ」

という不思議な感覚があります。

フルマラソンでは数秒、数分を削ることに必死になっている。

一方でウルトラでは、

止まらず、焦らず、淡々と進む。

同じランニングでも、まったく違う面白さがありました。

そして、夜明けからスタートして、一日を掛けてゴールする旅に似た感覚も好きなのです!

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山を走るようになった

さらにトレイルランニングにもハマりました。

ロードとは違い、

登る。

下る。

岩場を越える。

景色を見る。

地図を見る。

補給する。

ロストしても自己責任。

イノシシやシカ、ヘビ、野鳥といった動物にも遭遇する。

そして山の中でとことん自分自身と向き合う。

100kmのロードを走ったり、山を何時間も動き続けたりする一方で、今でもフルマラソンでは1秒でも速くなりたい。

一見すると矛盾しているようですが、自分の中では全部繋がっています。

「走ることそのものが好き」

だからです!

【奥信濃100 50km完走記】ブナ原生林と新緑のトレイルを堪能
初夏の奥信濃、ブナと新緑に包まれた50kmの山旅を振り返るブログレポート。心と体に刻まれた景色と想いをお届けします。

⑪ランニングをきっかけに、ブログまで始めた

そして2024年。

ランニングブログ「アラフォーランナー葱坊主のランニング日記」を始めました。

最初からブログで何かを大きく成し遂げようと思っていたわけではありません。

最初は日記のようなイメージで毎日毎日書いていました。

次第に日記形式からレビュー、レポート形式へ変化。

自分が実際に使って良かったもの。

失敗したこと。

チャレンジしてみたこと。

レースで感じたこと。

練習して分かったこと。

それを自分のような市民ランナーもしくは誰かの役に立てられたらもっと面白い。

そんな気持ちから始めました。

シューズもジェルもトレーニングも、できるだけ自分自身で試す。

企業案件はすべてお断りしてきました。

「これは良かった」

「これは自分には合わなかった」

そんなことも含めて、AIには書くことができない一次情報にこだわり、そして忖度なしで発信する。

それが今のブログのスタイルになっています。

ランニングを始めた頃には、まさか自分がブログを書いて、走ったことを誰かに読んでもらうなんて想像もしていませんでした。

ブログも来年2027年1月で丸3年を迎えます。

ランニング同様、継続の賜物だと感じています!

はじめまして!アラフォーランナー葱坊主、ブログ初投稿です!
2024年1月から開始したランニングブログの初投稿となります。歴代マラソンタイムなども公開!

⑫8年間走り続けられた最大の理由

色々な街や山を走るのがとにかく面白くてたまらない

ここまで振り返って、一番考えたいのが、

「なぜ8年間も続いたのか?」

ということです。

走行距離だけを見ると、かなり増えました。

タイムも速くなりました。

でも、距離やタイムだけが継続の理由ではありません。

私が一番大きいと思っているのは、

ランニングを嫌いにならなかったこと。

これに尽きますね!

誰かに命令されたわけではありません。

会社から言われたわけでもない。

自分がやりたいから走っている。

だから、走ること自体が苦痛にならず、今ではライフワークに欠かせない習慣までになりました。


ランニングは「自分と向き合う贅沢な時間」

走りながら夜明けから朝日が登ってくる瞬間が一番好きな時間

早朝、一人で黙々と走る。

世の中がまだ眠っている静かな時間。

徐々に空が明るくなり、オレンジ色の朝日が昇ってくる。

その日の体調を確認する。

今日のことを考える。

これからのことも少し考える。

何も考えずに走ることもある。

ポットキャストを聞いて、もっと知りたいという情報に出くわすこともある。

お気に入りの音楽を聴きながら、テンポを上げていくこともある。

いつも同じ時間帯で走っているランナーさんとは何も語らずとも、お互いの生存確認をする。

昨日まで悩んでいたことが朝一番に走ると、些細なことと思える。

五体満足で日々走れていること自体に感謝する。

こんなことを日々考えながら走っている時間は一番の贅沢時間となっています。

ランニングは、自分と向き合う時間でもあります。

仕事以外に、ここまで熱中できるものがある。

それだけでも幸せなことで、自分にとって欠かせないとても大事な時間なのです!


初めての土地を走ると、脳が喜ぶ

もう一つ、ランニングを続けていて良かったと思うこと。

旅先を走ること。

マラソン大会をきっかけに全国各地へ行く。

その土地を走る。

地元のものを食べる。

山を走る。

観光する。

温泉やサウナに入ってボーっとする。

そしてまた次の大会へ。

北海道マラソンもそうでした。

マラソンがなければ、わざわざ訪れなかったかもしれない場所へ行く。

走ることで旅の楽しみ方まで変わりましたね!


健康は、人生で一番の資産

生きている内に少しでも絶景を見るには、健脚は欠かせない資産のひとつ

8年間走ってきて、最近特に感じることがあります。

それは、

健康が何よりも大きな資産だということ。

お金も大切。

仕事も大切。

キャリアも大切。

ブログも大切。

でも、身体が動かなければ、それらを楽しむこともできません。

走れる。

山に行ける。

旅行できる。

美味しいものを食べる。

朝起きて気持ちよく一日を始められる。

それだけで、かなり贅沢なことなのだと思います。

「健康こそが一番の資産」とよく言われますが、まさにその通りだと思っています!


ランニングを始めて、生活そのものが変わった

あれだけ大好きだったアルコール(ビール)も2026年1月から止めた

8年前と今では、生活もかなり変わりました。

朝型になった。

健康をもっと意識するようになった。

睡眠を大切にするようになった。

仕事以外に熱中できるものができた。

ブログという新しい挑戦も始めた。

あれだけ大好きだったビールもきっぱり止めた。

そして、自分で決めた目標に向かってコツコツ努力する習慣ができた。

振り返ってみれば、

ランニングを始めたことが、生活全体を少しずつ良い方向に変えていった

気がします!

【禁酒挑戦記①】ビール大好きサブ3ランナーが禁酒を決めた理由
ビール代、睡眠の質、夜間頻尿、惰性の飲み会…。2026年早々、見て見ぬふりをしてきた飲酒習慣を断つ決意。サブ3ランナーが禁酒に挑む理由とは?新たな挑戦記、【禁酒挑戦記】がスタート!

⑭40代になっても、まだ速くなれるのか?

もちろん、年齢を重ねれば身体の回復やコンディション管理は以前とは変わります。

だからこそ、これからは若い頃と同じように「ただ走ればいい」というわけにはいきません。

練習。

休養。

睡眠。

栄養。

疲労管理。

そして自分の身体との対話。

その全部を含めてトレーニングです。

でも、

「40代だからもう速くならない」

とは、今の自分は思っていません。

なぜなら、自分自身が40代に入ってサブエガを達成したからです。

もちろん、誰もが同じように再現性を持ってタイムを伸ばせるわけではありません。

年齢、走歴、生活環境、体質、身体の状態は人それぞれです。

それでも、

年齢を理由に最初から諦める必要はない。

これは8年間走ってきた自分だからこそ言えることだと思います。

そして、これからも自分自身で限界は決めずに、「やれるところまでやってみよう」と思っています。

たった一度きりの人生、やらない後悔よりもやって後悔した方が人生は豊かになるものだと私は思います!


⑮1kmから始めたランニングは、どこまで続くのか

2018年9月、1kmで息切れしてスタートしたランニング人生。

2022年4月、初フルでサブ4。

2023年12月、サブ3.5。

2025年1月、サブ3。

2026年2月、サブエガ。

その間に、100kmや120kmのウルトラマラソンやトレイルを走り、ブログまで始めました。

でも、まだまだ終わりではありません。

むしろ今、ランニング人生で一番面白いところにいるのかもしれません!


⑯ランニング9年目へ

そして2026年9月、ランニング9年目が始まりました。

これからもフルマラソンを主戦場にしていくつもりですが、今後はウルトラやトレランに流れるかもしれません。

それでも、サブエガを達成したからこそ、タイムがまだ狙えるもう少しの間は、

「じゃあ、2時間49分36秒からどこまで行けるのか?」

を試してみたいというのが正直なところです。

身体にも相当な負荷は掛かりますし、怪我や故障のリスクも高まります。

タイムだけを追いかけるつもりもありません。

トレイルも走りたい。

ウルトラにも挑戦したい。

旅先でも走りたい。

そして、このブログで自分の経験を発信し続けたい。

8年間で得た経験を、次の9年目、10年目、それ以降にどう繋げていくのか。

ランニングと並走しているこのブログの成長もとても楽しみにしています!


9年目のテーマ

今の自分が考えている9年目のテーマは、

「年齢にまだまだ抗う。ただし、年齢を無視しすぎない」

もう少しだけ速くなりたいとは思っています。

でも、無理をして身体を壊したくはない。

距離も踏みたい。

でも、休むことも大事。

自己ベストを更新したい。

でも、走れることそのものを長く楽しみたい。

このバランスを大切にしながら、40代のランニング人生をもう少し楽しんでみようと思います!


⑰まとめ|1kmから始まったランニング人生は、9年目へ

2018年9月9日、1km走っただけで息切れして、約6km走ったあの日から8年。

サブ4を達成した。

脚を何度も攣った。

怪我や故障もした。

レースにも何度も失敗した。

サブ3に2分34秒届かなかった時は、悔しくて泣いた。

そして、その2か月後にサブ3を達成して、嬉し泣きした。

憧れの東京で自己ベストを更新した。

120kmを走った。

山を走った。

ブログも始めた。

そして2026年2月、別府大分毎日マラソンで2時間49分36秒、サブエガを達成した。

8年前の自分には、到底想像できなかった場所と景色です。

でも、何か特別なことをしたわけではありません。

日々のランニングを積み重ねてきたその繰り返しです。

だから、今ランニングを始めたばかりで偶然この記事を読んでいるランナーさんへ。

もし1kmで息切れしていても、大丈夫です!

今は速く走れなくてもいい。

まずは走ることを嫌いにならないこと。

そして、自分のペースでコツコツ続けてみること。

8年前の自分も、まさか8年後にサブエガを達成しているとは思っていませんでした。

だから、

8年後の自分がどうなっているかなんて、今の自分には分かりません。

分からないからこそ、面白い。

そして私自身も、まだ自分の限界がどこにあるのか知りたい。

1kmで息切れしていた男が、これからどこまで走れるのか。

9年目も、自分自身で確かめてみようと思います。

これからも、ランニング、マラソン、トレイル、ウルトラ、そして日々の試行錯誤を、できるだけリアルに発信していきます!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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